大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)665号 判決 1967年12月25日
控訴人 坂本よし子
被控訴人 日本電信電話公社
代理人 広木重喜 外六名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事 実<省略>
理由
一、控訴人が被控訴公社職員として任用され、福知山電報電話局電話運用課に電話交換手として勤務していたものであること、被控訴公社が昭和三八年八月二〇日「控訴人は昭和三八年七月一日前記同課の元職員桐村君子が監話中の一一〇番通話を盗聴したうえ、さらにその通話の内容の一部を桐村から聴き出し、同月三日頃萬木美容室において上記内容の一部を漏らし、この件についてその後警察当局の取調を受けるとともに新聞等により全国にわたつて報道されたため公社の信用を失墜し、公社職員としての品位を傷つけた」として、右は日本電信電話公社職員就業規則(以下規則という)第五九条第七号および第一二号に該当しその情重いとの理由で控訴人を懲戒免職したことは当事者間に争いがない。
二、そこで、右懲戒免職処分の適否について検討する。
(一) 処分事由の存否について。
(証拠省略)を総合すると次の事実を認めることができる。
(1) 福知山市内記六丁目北七九番地理髪業足立利市は昭和三八年七月一日午後一一時半頃外出先から帰宅した住込店員西山菊美(当時二二才)から帰途痴漢に襲われた旨聞き及び、驚き翌二日午前零時過ぎ頃直ちに一一〇番の警察緊急電話で福知山警察署に右被害情況を通報し、同署では宿直勤務警察官塩見隆一がこれに応じ約三分間にわたつて要点を聞きただしながら応答したが、その通話内容は要旨次のようなものであつた。すなわち、足立は「内記六丁目北の足立理容院ですが、店の女の子が先程帰つて来たが、国鉄福知山駅を降りて京町通りを電々公社(当時控訴人の勤務していた福知山電報電話局)の前まで来たとき、若い男に追い越されなお天狗堂前附近まで来たさい、その場で待ち受けていた右男に矢庭に抱きつかれ、溝に押しはめられ、泥んこになつて帰つて来たからすぐ来てほしい。場所は来ればすぐわかる。」旨を告げ、塩見警察官は「すぐ係の者を遺る。」と応答して電話をきつた。
(2) 控訴人は当夜折しも前記電話局の宿直勤務(一日午後四時二五分から二日午前八時半まで)につき、相勤の交換手桐村君子と二人並んで夜間集中席において電話交換作業に従事中、二日午前零時過頃右桐村が一一〇番の通話中であることを示すランプの点燈がいつもより長く思われたので一一〇番のジヤツクにプラグを挿し込みこれを聞いたところ、その内容が前記(1)の趣旨のものであつたので思わず「まあ」と驚きの声を発した。控訴人はその声を聞いて桐村に問いただすと「局の近くで痴漢に襲われたらしい」と言うのでいちはやく自分も自席の一一〇番のジヤツクにプラグを挿し込み(警察、消防の緊急電話のジヤツクは全交換台に取り付けてある)聴取したが、その通話内容は既に終りに近く警察側の最後の応答部分を聞きえたところで切れてしまつた。控訴人は自己の聴取した内容だけでは被害者が誰であるか等の点がわからなかつたので、すぐ桐村に尋ねた結果前記通話内容の全貌を知つた。
(3) 昭和三八年七月三日頃控訴人は日勤制の勤務(午前八時半から午後四時半まで)を終り、帰途午後五時頃行きつけの福知山市内記六丁目七〇番地の八萬木美容室(約四坪の店舗に仕上椅子三台、ドライヤー椅子二台程度を置いた店で、前記足立理髪店から四、五軒西隣りにある)に寄り、同美容室のマダム萬木美智子に髪のときつけをしてもらつていたさい、先客に女給風の女二人が居合わせ「最近アパートでシユミーズやパンテイがよく失くなる」とか「市内の岸本ガード下に痴漢が出るらしい」といつた世間話しをしていた。控訴人はこれらの話しを聞きながら前記警察緊急電話の内容を思い起し、当然右の世間話が耳に入つていることがわかつている萬木美智子に対し「この辺に足立という散髪屋があるか、」「そこに女の子がいるか」と話題をもちかけたところ、同女が「おつてや」と答え、更に重ねて「どうしたん、何かあつたん」と問い詰めるので「何かあつたんやないかしらん。お互いに痴漢には注意せんならんね。」等と応答し、よつて右会話の前後の情況、控訴人の職業(萬木は半年程の間月二回位同美容室に来る常連の客であるところから控訴人の職業を知悉していた)、応答の仕方から推して近所の足立理髪店の女店員西山菊美(萬木は理髪店には若い女性は同人以外にいないことを知つていたので、女の子といえば同人を指すことは容易に察知しえた)が痴漢に襲われたことを察知できる内容の話しをして前記警察緊急電話の一部を漏らした。
(4) 一方、被害者西山菊美は翌日足立理髪店に散髪に来た子供を送り届けるためその母親を探しにたまたま萬木美容室へ立ち寄つたところ、前記のようにして同人の右被害事実を察知した同美容室の店員丸田ヤス子やマダム萬木美智子からこもごも「電話交換手から聞いたが此の間痴漢に襲われたそうだが、どうだつた。」と尋ねかけられて困惑し、帰つてから店主足立利市にそのことを話したところ、同人は通話の秘密が漏れたことを重視し、同年七月八日福知山警察署に口頭で告発した。同署では直ちにこれを公衆電気通信法違反被疑事件として捜査を開始し、参考人に事情聴取の上、控訴人及び桐村君子を被疑者として取調べた。その結果、右事件は報道陣の知るところとなり、同月二四日夜のNHKテレビ、ラジオニユース、翌二五日の各種新聞の朝刊(毎日新聞は夕刊)等で電話交換手の通信の秘密漏洩事件として広く全国的に報道された。
以上の事実を認めることができる。以上の認定事実に反し、前記(3)の点につき、控訴人は萬木美容室において何ら本件通話内容を漏らしたものではなく、単に「お互いに痴漢には気をつけねばならない」と言つたに過ぎないと言う前掲乙第七号証の記載内容、原審証人中原卯三郎、同山口正男、原審及び当審証人萬木美智子の各証言の一部、及び前記(4)の点につき、萬木美智子や丸田ヤス子が西山菊美に「どうだつた」と尋ねたのは、萬木が七月一日の昼頃たまたま西山が遊びに出かけるのを知つて駅まで自転車に乗せてやつたことがあるので「その日は面白かつたか」と言う趣旨で尋ねたのであるかの如く言う(証拠省略)はいずれも前掲各証拠に照らしにわかに信用することができず、他に前記認定事実を左右するに足る証拠はない。
ところで、被控訴公社職員が通信の秘密保持に関し遵守すべき職務上の義務としては公衆電気通信法第五条に明文があるほか、(証拠省略)よれば日本電信電話公社職員就業規則、電話通話取扱規程等でも右秘密保持についてそれぞれ別紙のとおり定めていることが認められるところ、前記認定事実によれば控訴人の本件所為中(2)の警察緊急電話の一部を聴取した点はいわゆる適法な監話(話しの内容を聞くことを目的とせず、通話がうまく行なわれているか、又はまだ通話が続いているかを確かめる目的のため通話状態を聴取すること。乙第四、第五号証参照)でないことはもとより、前記公衆電気通信法第五条第一項、電話通話取扱規程第三条第二項に違反し、日本電信電話公社法第三三条第一項第一、第二号、前記就業規則第五九条第一号に該当し(なお、ここに「通信の秘密」とは単に通話内容だけでなく誰と誰が通話したかという事実をも指し、またこれを「侵す」ということは通信の秘密を他人に漏らすことだけでなく、必要もないのに他人の通話を聞くことも含まれるものと解すべきである)、次に(3)の萬木美容室における会話の点も公衆電気通信法第五条第二項、前記就業規則第八条、前記規程第三条第一項に違反し、日本電信電話公社法第三三条第一項第一、第二号、前記就業規則第五九条第一号、第一二号に該当すること明らかであるから控訴人には懲戒事由があると言わなければならない。控訴人は公衆電気通信法(第五条)の解釈について、控訴人の前記秘密侵害の所為は桐村の取扱つた通話に関するものであつて、控訴人自身の「取扱中に係る」通信に関するものではないから右条項には該当しないと主張するけれども、当時控訴人は桐村と二人並んで夜間集中席において局内の電話交換作業を掌握していたばかりか(殊に警察、消防緊急電話のプヲグは両名の交換台に備えられていた)、控訴人も自ら通話の一部を聴取したのであるから、本件通話は控訴人にとつても自ら取扱中に係る通信と言うことができ、控訴人の右主張は理由がない。
(二) 懲戒免職処分の当否について。
日本電信電話公社法第三三条第一項によれば被控訴公社職員の懲戒処分の種類として免職、停職、減給、戒告が定められているが、一般に免職処分は被処分者をして強制的に当該特別権力関係から排除するものであつて懲戒処分中いわば極刑に相当するものであることもちろんである。しかし、元来通信の秘密は憲法上保障された基本的な人権の一であつて被控訴公社職員としては右秘密保持については十二分留意すべき職務上の義務があるのであつて(前掲各法規参照)、これを措いては被控訴公社の職務は成立しないと言うのも過言ではない。(証拠省略)により福知山電報電話局において控訴人ら電話交換手に対する紙上訓練テストに用いられた問題用紙であると認められる(証拠省略)によれば、控訴人は昭和二八年一一月被控訴公社に雇用され、爾来見習社員又は正式社員(昭和三三年一〇月一日以降)として専ら電話交換業務に従事してきたもので、その間秘密保持に関する職務上の義務について相応の教育訓練を受け、その重要性については十分知悉しており、殊に昭和三〇年頃には一度控訴人が秘密を漏洩したとの投書があつたのに鑑み、今川電話運用課長より個人的に真否はともかく秘密漏洩のないよう特に注意を受けたこともあるにもかかわらず、今回前記の如き所為に出たものであることが認められ、就中(3)の点はその場所柄が相客もいた美容院である点、しかも被害者西山菊美の住所のすぐ近くであること、その話しの内容等に照らし、その義務違反の程度及び責任の程度に鑑みるときは本件懲戒処分には著しく苛酷で裁量権を濫用した違法無効のものといいうるほどの著しい不当性はないと見るのが相当である。控訴人は桐村こそ本件秘密漏洩の責任を主として負うべきであり控訴人は桐村が話さなければ問題を生じなかつた立場にあるのに桐村は懲戒免職を免れ依願退職扱いとなつていることを考えると控訴人の免職処分は著しく不当であると主張するが、前記認定事実によれば桐村の場合は局内漏洩であつて他に義務違反の点は認められず、両名の責任の軽重は自ら明らかであるのみならず(後記証拠によれば、控訴人も当初は上司に対し自己の非を認めた上自分はともかく桐村は寛大に扱つてくれるよう申出ていたことが認められる)、(証拠省略)によれば桐村が依願退職したのは上司の事実上のすすめもあつて自己の非を認めた結果であり、当時被控訴公社側では控訴人に対しても事実上桐村と同様のすすめをしたが控訴人において結局これに応じなかつたことが認められ、右控訴人の主張は到底首肯し難い。
そうすると、本件懲戒免職処分の無効を前提として控訴人を被控訴公社職員として取扱うことを求める控訴人の請求部分は理由がない。
三、次に慰籍料請求について按ずるに、控訴人の懲戒免職の記事が若干新聞に掲載されたことは当事者間に争いがなく、(証拠省略)によれば当時週刊紙アサヒ芸能にも同様の記事が六頁にわたり掲載されたことが認められるけれども、これらのニユースソースが被控訴公社の故意過失による違法な公表に因るものとの証拠はないから爾余の判断をなすまでもなく右請求は理由がない。
四、よつて控訴人の本訴請求はすべて失当であつてこれを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石井末一 竹内貞次 畑郁夫)
別紙(省略……前掲参照条文のとおり)